大阪高等裁判所 昭和56年(く)72号 決定 1981年7月16日
被抗告人 柴田譲
主文
原決定を取消す。
和歌山地方裁判所御坊支部が昭和五一年七月七日右柴田譲に対する傷害被告事件について言渡した刑の執行猶予の言渡を取消す。
理由
本件即時抗告の趣意は、検察官細川顯作成の即時抗告申立書に記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、原決定が、被請求人に検察官主張の遵守事項違反の事実があることを認めながら、刑法二六条の二所定の要件を欠くとして検察官の請求を棄却したのは、著しく不当であるから、原決定を取消し、被請求人に対する主文掲記の刑執行猶予の言渡取消の裁判を求める、というのである。
そこで一件記録を調査して検討するに、原決定が、被請求人には遵守事項違反の事実はあるが、その時期、内容、程度、被請求人の最近の生活状況などを勘案すれば、執行猶予の言渡を取消さなければ正義に反するといわなければならないほど情状悪質であるとは解し難く、刑法二六条の二所定の要件を欠くとして検察官の請求を棄却したことは、原決定の判文に明らかである。しかしながら、その制度の趣旨にかんがみれば、刑法二六条の二第二号の「情状重きとき」とは、遵守事項違反の事実があり、その違反がその内容、本人の生活態度全般からみて自力更生意欲の不足ないしは欠如に基因するものであり、保護観察による指導援助を継続しても自力更生を期し難い場合をいうものと解せられ、原決定のいうように執行猶予の言渡を取消さなければ正義に反するといわなければならないほど情状悪質である場合に限るものと解すべき根拠はない。ところで、記録によれば、被請求人は、昭和五一年七月七日和歌山地方裁判所御坊支部において傷害罪により懲役一〇月、五年間保護観察付執行猶予の判決の言渡を受け、右判決は同月二一日に確定し、和歌山保護観察所の観察下に入つたものであるが、同月二二日普通貨物自動車の無免許運転及び通行禁止場所通行、昭和五三年二月一八日普通乗用自動車の無免許運転、同年七月二日普通乗用自動車の無免許運転、同月二一日軽四輪貨物自動車の無免許運転、同年八月二六日普通乗用自動車の無免許運転の各罪を犯しそれぞれそのころ略式命令による罰金刑を受け、また昭和五四年一二月一六日普通乗用自動車の無免許運転及び速度違反、昭和五五年二月二一日普通乗用自動車の無免許運転、同年八月三〇日普通乗用自動車の無免許運転及び速度違反、同年一一月一六日職務質問に来た警察官の顔面を殴打して全治三日間の傷害を与えた公務執行妨害及び傷害の各罪を犯し、昭和五六年二月九日和歌山地方裁判所御坊支部で懲役八月に処せられ(同年六月二三日大阪高等裁判所において控訴棄却、被告人上告)、さらにその間被請求人は再三にわたり飲酒の上妻に暴行を加え、その為妻は家出して戻らなくなつた事実も認められ、以上の事実が執行猶予者保護観察法五条一号の善行保持義務に違反すること明らかである。被請求人は、右妻に対する暴行については、その原因は妻の側にあるというが、たといその原因について妻に責められるべき点があつたとしても、これに対する被請求人の対処は、椅子を投げつけ、棒で殴打するなど甚だ粗暴なもので相応の非難は免れず、被請求人が本件執行猶予判決に際し裁判官から特別説示事項として説示された事項(禁酒すること、粗暴な性格を改めること、遵法精神を養うこと、親兄弟に心配をかけないこと)並びに保護観察開始にあたつて保護観察官から遵守事項を守るための指示事項として指示された事項(酒をつつしみ、乱暴なことをしないこと、自分の立場責任をよく考え、落着いた生活をすること)に徴し、被請求人の前記遵守事項違反の各事実の内容を検討すれば、それらがいずれも被請求人の自力更生意欲の欠如、右説示事項・指示事項についての自戒不充分に由来するものであるといわなければならず、この際刑の執行猶予の言渡を取消し、被請求人の反省を強く促し自助の責任を自覚させるとともに遵法精神の涵養に努めさせるのでなければ、再犯の刑が確定し、これによる服役を免れないことを考慮しても、それだけでは将来の自力更生を期し難いと認められるから、刑法二六条の二第二号の「遵守事項を遵守せず、その情状重きとき」に該るというべきである。なお原決定は、前記略式命令により罰金刑に処せられた道路交通法違反の事実は、略式命令の確定後二年半も経過しており今さら持ち出すのは適当でないというが、そのことだけを取りあげて問題にしているのではなく、五回にもわたつて略式命令による罰金刑に処せられながら、なおも自戒せずその後も同種違反を繰り返していることに遵法精神の欠如、情状の重さを見ているのであるから、そのこと自体がいささか旧聞に属するからといつてこれを取りあげるに何ら不都合はなく、また原決定は、昭和五四年以降被請求人の生活態度は良好となつてきていたというが、記録によれば、被請求人の生活は昭和五四年一〇月ごろからしばらくやや小康状態にあつたことはうかがわれるものの、その後の再犯状況からみても、被請求人が自助の責任に目醒め、自力更生を期待できる状態になつたとみるにはほど遠い状態であることが明らかであり、被請求人に前記遵守事項違反の事実があることを肯認しながら、執行猶予の言渡を取消さなければ正義に反するといわなければならないほど情状悪質とはいえず、刑法二六条の二所定の要件を欠くとした原決定は、法令の解釈を誤つたか、情状の評価を誤つた結果法令の適用を誤つたかの違法があり取消を免れない。論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法四二六条二項により原決定を取消し、被請求人は、昭和五一年七月七日和歌山地方裁判所御坊支部において傷害罪により懲役一〇月、五年間保護観察付執行猶予の言渡を受けたものであるが、遵守すべき事項を遵守せず、その情状重きときに該るから刑法二六条の二第二号により右刑の執行猶予の言渡を取消すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判官 中武靖夫 吉川寛吾 西田元彦)